自己流ベビーサインのススメ


スカイプはさみし…
1月 11, 2009, 11:31 pm
カテゴリー アメリカの育児

「ジイジとバアバのおうちにいきたい。」

今日、晩ご飯を食べている時にいきなり息子が言いました。日本語でも英語でも「〜をしたい。」を言う表現をつかわずいつもだったら「〜する。」と断言的にくるので Dictator(独裁者)と呼ばれている息子。あんまりしおらしいので面食らってしまいました。何をいきなり!と思いましたが本人は真剣。どうやら元旦に日本の祖父母とスカイプした時に、他の家族が皆実家に集まっていたのを見て自分がそこにいなかったのがとてもさみしかったよう。

もうアメリカに戻ってきてから5ヶ月も経つのに何かとあれば日本の話しをする息子。ジイジにバアバ、いとこのL君、保育園のO先生、お向かいのS君、近所のお寺のお魚など、まだ二歳なのにそんなにノスタルジックにならなくたって、と思うのですが相当インパクトが強かったのですね。まだ当時は言葉で表現できなかった事までも今になって持ち出してくるのでびっくりします。

食後にスカイプするとちょうどジイジは仕事に出かけるところ。いつもだったら照れまくって言葉が出ないのに今日は、
「ジイジのおうちにいきたい。」
としっかり伝えられました。

ジイジもバアバもとってもうれしかったと思うよ。日本に帰る5月までまだ寒くて長い冬を越えなくてはならないけれどがんばろうね。

osechi去年はおせちも一応作りました。

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魔(法)の二歳児ーバイリンガル編 (長男2歳6ヶ月 長女3ヶ月)
1月 4, 2009, 11:27 pm
カテゴリー アメリカの育児, バイリンガル, ベビーサイン

明けましておめでとうございます。今年は大掃除もそこそこ、おせちも作らずに迎えてしまいました。まあそこは二児の母になったばかりということで自分を納得させてしまうところが私の甘いところですが。

夫が冬休み中なので息子とたくさん遊んであげられているせいか、魔の二歳児もここの所比較的穏やかに過ごしています。落ち着いて生活している姿を見ると実はここ半年で色々なことが出来るようになったことに気づいてびっくりします。魔の二歳児というより魔法の二歳児と言った方がぴったりくるようです。

そのひとつはやはり言葉でしょうか。半年前まではべビーサインを使ってコミュニケートしていたのが、今ではバイリンガルと言っても差し支えないほどになりました。特に10月からアメリカの保育園に週二回通い始めてからは英語がどんどん日本語に取って代わる様になり、私もつられて英語で会話するようになってきてしまっているのでかなり要注意です。

べビーサインの様に単語をたくさん覚えてきているだけならそれほどとも思わないのですが、彼の口からすらっと出てくるちょっとした英語の表現に毎日驚かされます。
例をとると、

I am going upstairs to see Nana.(二階におばあちゃんにあいにいくの。)
That’s pretty, isn’t it?(それかわいいよね。)
How about going to Auntie’s house?(おばさんのうちにいくのはどう?)
Daddy, take your feet off of Rody, please.(ローディから足を下ろしてください。)
One’s for Daddy and one’s for Mommy. (ひとつはダディに、ひとつはマミーに。)

などです。10月頃はまだまわりの大人の言っていることをリピートするだけのことが多かったのですが、最近では自分が話しかけられていないにもかかわらず、大人が話している会話にたびたび入っていけるほどになってきました。

以前ならちょっと早口で言ってしまえば分からないだろうと思って、聞かれたくない会話を彼の前でもしていたこともあったのですが、とてもごまかせなくなってきているので最近は「綴りで会話」することも多いです。

彼を連れてP-A-R-Kに行く時間ある?
冷蔵庫にC-A-K-E あるけど、どうする?

など。義母などはchocolate ice cream(チョコレートアイスクリーム)などの長い単語までスペルするので、とてもスペリングビーとはいえない私はついていくのに必死です。

もう数年したら私の英語の間違えを指摘する様になるのだろうなと思うと、うれしい様なかなしい様な不思議な気分です。

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魔の二歳児と格闘中
12月 28, 2008, 12:55 am
カテゴリー アメリカの育児

娘が産まれて早三ヶ月。書きたい事が山ほどあるにもかかわらず、2歳の息子の世話と産まれたばかりの娘の世話にかかりっきりで結局三ヶ月の産休を取った様な形になってしまいました。これからも以前ほど頻繁には書いていけないと思いますが、今書いておかないとすぐに忘れてしまいそうな事を少しずつでも書き残していきたいと思っています。

とりあえずは近況から。息子は来年の一月に2歳半になりますが、いわゆるTerrible Two (魔の二歳)まっただ中です。99%の割合で「NO」の返事が返ってくるのも最近は大分慣れてきました。

「トイレ行く?」「行かない。」
「ヨーグルト食べる?」「食べない。」
「寒いからお洋服着ようか?」「これ着ない。」
「お風呂はいろうか?」「入らない。」
「おもちゃおかたずけしようか?」「しない。ママする。」
「そろそろねんねしようか?」「しない。」
と言う感じで一日延々と続くので、対処としてはまず

ご機嫌を取って優しく促す。ーこれが効けば苦労しないのですが、まず効かないので次の手としては、

脅しにかかる。ー「〜しないと、もうお外に遊びにいかないよ!」など。これが効かない事などもちろんザラ。「じゃあお外に遊びにいかない。」で返されてしまうとグウの音も出ない。

人で釣る。ー彼の好きな人の名前を出して「ダディも一緒にするよ。」など。これは結構効く事が多いので、このレベルで治まるとかなり上等。この先はかなり辛くなってくる。。。

顔を至近距離まで近づけて説得する。ーかなり私のイライラ度はエスカレートされてきているので、冷静を保つのが難しくなってくる。

怒鳴る。ーこれは私のストレスから来るもので全く役に立ったことがないけれどもコントロールがきかない場合に使われる。

無視する。ーここまでくると深くため息をついてその場を離れるが得策。どちらも退かない場合に彼が泣き出すのと私の血圧が上がりすぎるのを逃れる為。

夫に頼む。ー彼がいる時は彼に説得してもらう。たまには効く。

モノで釣る。ー私の敗北。全く何も効かないときは「でんでらりゅうばのビデオ見せてあげるから。」と言うのが常套句になってしまいました。

日本語に触れる為に教育テレビのビデオを見る事に特に異存はないのですが、テレビに見入っている子どもの顔を見ると自分がすごく怠けている様な気がして不公平な気がすうるのと、この媒体に依存してしまうのではないかという不安があるのでなるべく最後の手段は避けたいのです。

ただ最近は息子が好きなこの夏に日本で過ごした時のホームビデオを一緒に見る様にしています。これはまだ彼がべビーサインを使っていた頃で、もちろん魔の二歳が近づいていることなど思っても見なかった頃のもの。夫と2人うっとりとしながら「あの頃は良かったね。」などと顔を見合わせながら見ています。早く今の状況が「あの頃は大変だったね。」などと言える様な過去になって欲しいものです。

k_glasses「ひっひっひー。」

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出産前の心配事 其の三「赤ちゃん返り」
10月 14, 2008, 11:59 pm
カテゴリー アメリカの育児

三つめの心配事は、二歳二ヶ月になる息子が赤ちゃんの出現にどう対応するかという事でした。二人以上の子どもがいるお母さんをつかまえては、「赤ちゃん返りした?」と質問をなげかけていましたがその度に、赤ちゃんを噛む、おっぱいを飲ませるのを邪魔する、トイレトレーニングが後退する、などという答えをたくさん聞かされたのでこれは三つの心配事のなかでもいちばん気になる事だったと思います。

結論から言うと、娘が産まれて2週間経った今まだすこし微妙なところです。「べいびーなにしてる?」というのが口癖で(いつも答えは「ねんねしてる」か「おっぱいのんでる」ですが)頭をなでたり、本を読んであげたり、手遊びをしてあげたりして妹の事を可愛いと思っているのは明らかなのですがちょっと度が過ぎる事が多く、泣いていると飛んでいっておしゃぶりを口に押し込んだり、ベビーチェアを激しく揺らしたりするので目が離せません。危ないのですが本人はよかれと思ってしているようなのでしかる事も出来ず、あわてて注意すると混乱するようで、ここのところ注意されると舌を出すおかしな癖をしはじめたので要注意です。

ただ「赤ちゃん返り」というほどの影響はまだでていないので、とりあえずはほっとしています。

「 なでなで。」



出産前の心配事 其の二「兄と妹」
10月 12, 2008, 10:01 pm
カテゴリー アメリカの育児

ふたつめの心配事は、二人めの子どもを一人めと同じ様に愛おしく思えるかどうか、ということでした。この心配は産まれたての娘の顔を見たとたんに吹っ飛んでしまいましたが、 今後常に平等に子ども達の事を扱えるかどうかという心配は今でもあります。

私には兄弟が他に二人いるのですが、今でこそ両親が誰をひいきしていたのではなどという事は気にもなりませんが、子どものころは「あなたは女の子なんだからそんなことするものじゃない。」と言われてよく憤慨していた覚えがあります。「なんでわたしだけ!」というような思いが常にありましたね。ただ最近兄弟と話しをしているとどうやら三人とも皆同じ様な思いを持って育ってきていたようで、彼らは彼らで「なんで俺だけ!」という風に思っていたようです。

兄弟間の感情のバランスを取るのはとても難しいと思いますし、その善し悪しを左右するのは両親の子ども達への接し方だと思うのでこれは親としてかなりの重要課題です。私の夫はうらやましい事にひとりっ子でぬくぬくと両親の愛情を誰ともシェアすること無く育ってきたのでこういう感情は分かりにくいようで、多感な2歳児の息子の前であからさまに産まれたばかりの赤ちゃんの事をとても愛おしく扱うのでちょっとハラハラしてしまいます。

「べいびーなにしてる?」



出産前の心配事 其の一「性別」
10月 10, 2008, 10:11 pm
カテゴリー アメリカの育児

今回、二人めを出産するにあたって心配だった事が三つあります。

ひとつめは超音波で女の子だと言われたけれどそれがどうしても信じられず、産まれてくるまで今度もまた男の子ではないかと思っていた事です。私としてはどちらでも良かったのですが、義理の母が何気なく「次は女の子がいいわね。」と言ったことがかなりプレッシャーになっていました。お医者さんが赤ちゃんを取り上げた時に「It’s a beautiful girl!」と言った瞬間、私がとてもほっとした顔をしていたと後で担当の看護婦さんが笑っていました。

妊娠すると色々な人が色々な事を特に悪気も無く言う事がありますが、本人にとっては結構傷ついたりプレッシャーになったりするわけで、私などは普段はかなり図太い性格で知られているのですが、妊娠中はホルモンのバランスが崩れていたせいかたいした事も無い一言にもいちいちイライラしていた記憶があります。

性別の事こそ自分ではどうしようも出来ない事なので「女の子がいい」と言われた時ほど重荷に感じた事はありませんし、そういう事は相手がだれであろうとも口にすべき事では無いと思いますね。私自身、わりと口が軽い方なので気をつけたいと思います。

やっぱりピンクが似合うかな。



It’s a girl! アメリカでの出産 其の二
10月 4, 2008, 9:59 pm
カテゴリー アメリカの育児

先週の木曜日9月25日に、無事二児目を出産しました。朝方からなんとなくシクシクとした感じで始まった痛みが、陣痛だと確信するまでそれほど時間はかからず、病院に電話したところすぐに来る様にとの事だったので、まずは2歳の息子を預かってもらう手はずになっていた義母に電話。自分の荷物はある程度パッキングしてあったものの、彼のものは用意していなかったのであわてて荷造り。お気に入りのテディベア、汽車の刺繍のついた枕と布団をかばんに詰め込み、義母が来次第病院へ急行しました。といっても車で5分程度の距離なのでその間に陣痛が一回来たか来ないかくらいで着いてしまいましたが。

9時頃、入院の手続きを済ませてガウンに着替えると、2年前に息子を出産したのと全く同じ時代遅れの内装の分娩室へ通されました。ちょうど木曜日で私の主治医の担当の日だったので息子を取り上げてくれた同じ若い女医さんに今回もお願いできるかな、と期待したのですが彼女はちょうど帝王切開の手術中だとの事で残念ながら今回は違うお医者さんが担当してくれることになりました。

日本ではどうなのか知りませんが、担当のお医者さんといっても分娩に参加するのは本当に最後の最後だけであとはほとんど看護婦さんまかせです。つまりその日に担当してくれる看護婦さんしだいで善し悪しが決まるわけです。前回の出産のとき30分置きにくる看護婦さんが毎回違って、ひとりひとりにいちいち状況を説明しなければならなくてイライラした経験から、はじめに担当の看護婦さんを紹介された時点で今回はそうならない様にと強くお願いしました。この看護婦さん、あとから聞くとこの日がこの病院に勤めはじめてからまだ三日目だったとの事ですが、呼吸の指導が上手でその時その時の状況をとても分かりやすく説明してくれてとても助かりました。Emilyさんありがとう。

アレルギーやアルコール、麻薬の使用などの質問に続き、無痛分娩の麻酔(epidural) を使うかどうか聞かれました。日本では麻酔を使うと別個にお金がかかるそうですが、私の入っている保険では使っても使わなくても分娩費用は100%カバーされるので、どちらでも同じです。

息子を産んだ時は初めてだったので、当たり前ですが出産にどれくらいの痛みが伴うのかという見当がつかず、勇気と言うよりも興味から麻酔無しでという決断をして出産しました。今回は逆に麻酔を使うといったいどれくらい楽に出産できるのだろうと興味が沸き少し迷ったのですが、結局今回も無しで出産する事にしました。

理由はとしては、そうでなくてもお腹にベルトで留められた陣痛モニター、赤ちゃんの心音モニター、(この二つが本当に不快!)点滴、血圧計などで身動きが取りずらいのに、この上背中にチューブなどを通されてはたまらないと思ったからです。それに前回の出産時に出会ったお母さんが、麻酔を使ったにもかかわらず痛みがとれず、出産翌日に副作用から下半身にひどい痛みを訴えているのを間近に見たからと言う事もあります。

今思えば、その後一二時間程度で産まれてきたので麻酔を使わなくて良かったです。 予定通り二日で退院した後、産後の体の回復がとても早かったのも麻酔無しで産む事が出来たからだと思っています。

破水したあとはほとんど休み無しに強い陣痛の波が押し寄せてきて、持ってきていた息子の写真を夫の肩越しに見ながら看護婦さんの呼吸にあわせてなんとか痛みと不快さをしのぐ努力をしました。夫も前回私が陣痛のピークにある時に片手で私の手を握りもう片方の手でチキンサンドを食べるという離れ業をやって私のひんしゅくを買ったのですが、さすが二回目とあって良いアドバイスをしてくれました。食べ物を口にするのは禁じられていたので、お昼ごはんの時間までに産まれてきてくれたのには夫も私ありがたかったです。

そして、12時過ぎ無事出産。やはり二度目で勝手がある程度分かっていると言うのは強みですね。もちろん痛みが以前と比べて少なかったわけでもないですが、実際に陣痛が来ている時はなんでまたこんな痛みに耐えてまで二人目を産もうなんて思ったのだろう、と考えたり、今妊娠している友達の事を考えて、あ〜◯◯ちゃんもこの経験をしなくちゃいけないなんて可哀想、などと考えられる余裕があった様に思います。

そしてあの心地よい疲労感とともに私の胸にのせられたのが、体重3300グラムの元気な女の赤ちゃん。性別は超音波診断で女の子だと言われていたものの、男系家族に育った自分にまさか女の子が出来るとはどうしてもピンと来なくて実際に産まれて来るまでは信じられませんでした。義母は女の子が産まれる事を願ってとても楽しみにしていたので、正直言ってほっとしました。

はじめまして。



ママのお腹からなにがでてくる?
9月 14, 2008, 11:30 pm
カテゴリー アメリカの育児

いよいよ二児目の出産予定日を来週に控え、肌着やおくるみを洗濯したり、病院へ行く時の荷物のパッキングなどを始めました。お腹が大きくなってきてから息子には

「赤ちゃんが入っているんだよ。」

と何気なく話していましたが、最近になってお腹に入っているものが本当は何なのかとみに気になりだした様子。

この夏日本にいた時に大の仲良しになった近所のお友達の名前をだして、
「S君、出てくる?」
とおもむろに聞かれた時はおもわず笑ってしまいましたが、アメリカに戻ってきてから特定のお友達がいないので、S君に会えなくて寂しいんだなと思うととても切なくなりました。

二人目は女の子だそうなので、彼女の名前を決めてからは、
「◯◯ちゃんが入っているんだよ。」
と名前を加えて話していたのですが、どうやら夫の発音が悪かったせいで
「お馬ちゃんが入っている。」
と大変な聞き間違えをしてしまったのです。

我が家には去年のクリスマスプレゼントにもらった日本でも人気のローディがあり、ほど近い公園にはメリーゴーランドがあって息子はその白いお馬ちゃんに乗るのが大のお気に入り。

お馬ちゃんが出てくるのが待ちどうしくて仕方ないらしく、何度も私と夫が
「◯◯ちゃん、もうすぐおうちにくるよ。」
と言っているのですが、思い込みとは恐ろしく
「お馬ちゃん、もうすぐおうちにくる?」
と逆に訂正されてしまいます。

「ベビーどこ?」と質問すると、照れくさそうに私のお腹を指すので、本当は公園で見かける様なヒト科の赤ちゃんが入っているということが分かっているのかなとも思うのですが、実際のところは産まれてみなければ分からないですね。

ベビーシッター。



産婦人科 日本 vs アメリカ
7月 30, 2008, 6:01 pm
カテゴリー にほんの育児, アメリカの育児

この夏の帰国中3回産婦人科を訪れる機会がありました。もう8ヶ月目に入っているので2週間ごとに来てくださいと言われていたのですが、やはり二人目となると特に体調に変化が無ければいく必要も無いかなと思ってしまい、三ヶ月の滞在中3回のみという結果になりました。

その上、アメリカには国民保険が無いため非常に高い保険料を毎月払ってはいるものの、それで産前産後のケアも出産もカバーされるので、ここで元を取ろうとここぞとばかりに言われるままに定期的に通っていたのですが、日本では行政から5千円のクーポンをもらっても毎回一万円以上も払わされたので行く気が薄れたという事もあります。

それともちろんこれはこの特定の医院での事かもしれませんが(そうであってほしいです)、お医者様方の敷居が高いのにはびっくりしました。三回とも違う医師に診察してもらいましたが、どのお医者様も私が診察室に入っていっても顔も上げず、挨拶も返していただけませんでした。お忙しいのは分かりますが会話は必要最低限なもののみ。

昨日の診察。
「これが心臓。肝臓。膵臓。足。」
「動いてますか? 元気そうですね。」
「はいそれでは(おしまいですから帰ってください)….」

と、この程度でおわり。私がこの後色々と矢継ぎ早に質問を投げかけなければこれで診察は終わりということになったでしょう。せめて「体調はどうですか?」「最後に何か質問は?」くらい言ってほしかったです。これはかなり寂しかった。

私の住んでいるアメリカの街でも出産ブームと産婦人科の閉院が相次いでいて、予約を入れても日本と同じ様にかなり待たされる事が多いのですが、一度診察室に入ってお医者様と顔を合わせたら様々な質問の後じっくりとこちらからの質問も無くなって完全に納得がいくまで話しをしてくれます。そのうえ、

「名前は決めた?」「「ご主人はどう反応している?」「一人目の子は赤ちゃんが産まれるの知ってる?」「何語で話しかけているの?」「出産直後には誰か助けてくれる人いる?」「こんなマタニティなんてあるのね。」「私の二人目のときはね…」

などと診察に直接関係はないけれど患者をリラックスさせる様な会話をいろいろとしてくれます。正直いって先生とおしゃべりするのが楽しみなので、長く待たされてもあまり苦になりません。

逆に日本の産婦人科では看護婦さんの質が高いと感じます。どなたも丁寧で優しく、質問があれば診察室をでてからでもとても分かりやすく説明してくれます。きちんと目を見て話しをしてくれますし、お医者樣方の態度を差し引いてもあまりあるものがあります。

もちろんこの経験は私の通った特定の医院でのことなので、独断と偏見に元づいた意見だとお聞き流しください。ただ日本では、というか東京ではかもしれませんが、どこでも潤滑油的な会話が足りない様な気がしますね。



公共での授乳について
6月 22, 2008, 11:49 am
カテゴリー にほんの育児, アメリカの育児

先日、なぜお父さんがベビーサインのクラスで歓迎されないのか、と言う疑問に実際にベビークラスを受講していらっしゃるしぃさんからお返事をいただきました。 彼女によると、お母さん達が気兼ねなく赤ちゃんに授乳をできる様にとの配慮からだそうです。

そこで思い出したのですが、私がまだ息子におっぱいをあげていたころ、アメリカで離陸する前のデルタ航空機内で授乳していたお母さんが、フライトアテンダントから飛行機を降ろされる、といった理解に苦しむ事件がありました。その後もトイザラスやスターバックスで授乳していたお母さんが店員にとがめられ訴訟を起こす、といった話も続々と出てきました。

粉ミルクメーカーの巧みな宣伝により、一時期アメリカのみならず日本でも母乳よりも衛生的で栄養価も高くて良いという様な考えがひろがり、今でこそ母乳育児が声高にさけばれていますが、アメリカの一部ではまだそんな古い考えが拭いきれていないところがあるように感じられます。統計によると残念ながら高い教育を受けていない低所得者層にそのような傾向が見られ、母乳よりお金がかかる粉ミルクを経済的に苦しい人達が買っているという矛盾がうまれています。

前記の事件に対して憤慨したお母さん達が、アメリカ各地の空港ロビーで授乳を行う「Nurse-In」という形のデモンストレーションをした事はアメリカでは幅広く報道されました。その時に公共の場での授乳についてのディベートが色々なところでされましたが、結局は、批判的な宣伝を嫌った大企業がこぞって授乳をサポートする声明を出して落ち着いたようでした。まあその後も著名な女性コメンテーターが公共の場での授乳について批判的な意見を言った為に、今度はテレビ局の前で「nurse-in」が行われたりしており、アメリカの授乳事情まだまだ偏見が拭いきれない、といったところでしょうか。

西洋文化が入ってくる前の日本では裸体に対する考え方が今とは違っていたので、どこでもおおっぴらに授乳が行われていて、誰もそれを恥ずかしいとかいやらしいと考えたりしなかったそうですね。 しぃさんがおっしゃっていた様に授乳室が設けられたお店が多くなったりするのは便利な事だと思いますが、いつでもどこでも気兼ねなく授乳ができた昔の人達をうらやましく思うのは私だけでしょうか。